一昨年「介護のほんねニュース」で、株式会社アイムの運営する放課後等デイサービスを紹介しました。それからおよそ1年半。そのあいだに何があったのでしょうか?株式会社アイム代表の佐藤典雅さんに3回目のお話をお聞きしました!
放課後デイから高校、就労支援・・・息子のために環境を整える
【中浜】あらためて自己紹介をお願いします。
【佐藤】神奈川県川崎市で放課後等デイサービスを運営している株式会社アイムの佐藤典雅です。現在、川崎市内に4箇所、岡山県に1箇所教室があります。それから今度、稲田堤(神奈川県川崎市北部)でグループホームを開始し、ルピアという就労支援を行う事業所のプロデュースに関わってきました。
【中浜】最近では高校も作られたそうですね。
【佐藤】はい。通常の支援学校はうちの子には合わないと思ったので、自前で学校を作りました。実は文科省に認可されているノーベル高等学校を運営しているんです。うちの子ともう一人の生徒が卒業する時期に合わせて、就労支援とグループホームが必要になるだろうということでこのように動いています。アイムの目標は私の息子のためにインフラをすべて整えることなので、息子の年齢に合わせて、さまざまな環境を整備しています。そうすれば今まで受け皿がなかった同じ境遇にある子供たちのニーズも満たすことができます。
保護者がスタッフとして参加する教室
【中浜】前回2回目の取材をした時は佐藤さんが本を出したタイミングでしたね。その少し前にかながわ福祉サービス大賞を獲られて、今回お話を聞くタイミングで2年連続受賞された。本当にすごいですね。
【佐藤】ありがとうございます。今回はエジソン高津という教室が受賞しました。保護者スタッフのほうが普通のスタッフよりも比率が多かったのが受賞理由です。子どもを預けながら同時にスタッフとして参加する人の比率が高いのですが、気づいたらそういう状況になっていました(笑)。
【中浜】(保護者スタッフは)取り組もうと思ってやったわけではないということですよね?
【佐藤】そうです。必要に駆られて動いていたらそうなっていました。一番最初に宮前平(神奈川県川崎市の中央)に教室をオープンした時、保護者からいろんな要求が出てきました。 お母さんたちはいろんなことを要求するけど、お子さんはそこに興味を持っているのだろうか。そこでまずは、保護者を集めた場で「子どもたちを見極めたうえで要求してほしい」と話しました。それから試しに何人かの保護者に(スタッフとして現場に)入ってもらいました。すると現場でお母さんが自分たちの子どもの反応を見て、そういうことだったのね、と理解してサービスを作る側に回ってくれたので、これは良いじゃないかと感じました。
もともと僕が放課後デイを自分でやろうと思ったきっかけは、福祉の独特の雰囲気がちょっと嫌だなと思ったことです。これは結構切実な問題で。
保護者に運営に入ってもらったことで上手くいったのは、 多くの方が一般企業で働いていた経験があるからだと考えています。企業で働いていたから、求めることを主体性をもってやることに慣れている。溜め込みがちな不満や言いたいことを自分たちで改善できる。いちばん新しいのは、サービス提供者と利用者の垣根を取っ払ったところです。
もう一つ結果的によかった点は、普通の保護者とうちのスタッフは同じ保護者同士なので、普段からコミュニケーションが取れることです。計画書などを作り直しながら、お互い友だちになれる。事業所の人と保護者ではなく、保護者同士という連帯感があるので、そこも機能しているのかなと。与える側と受ける側のギャップがなくなっていく。そういう意味でこの取組みは上手くいったと思ってます。それで気がついたら、社員の半分が保護者のスタッフなっていました(笑)。
【中浜】すごい…普通は聞かない話ですね。
【佐藤】そうですね。今まで既存の福祉に保護者に参加してもらうという発想がなかったことと、人員不足を解決したり当事者目線を担保したりと応用性が効くことが、今回の賞でも評価された点でした。
軸をぶらさない運営
【中浜】障害という分野だけでなく福祉全般で、ご家族と事業者がお互いに歩み寄りたいけど歩み寄れない…といったことがあると思います。この取り組みで一番気をつけられたことはなんですか?
【佐藤】経営指針となる理念や方針を絶対に曲げないことです。おそらく多くの福祉事業者は、自分たちのポリシーよりもクレームをつけられたくないという感情から入ってしまうので、いろいろな要求をされるとすぐに方針や理念を通すことが難しくなりがちです。でも、うちではそれがないので、保護者とけんかする時もあるわけですよ。クレームを飲んで保護者が満足してくれるなら良いのですが、きっとそういうことはない。エスカレートしていってしまう。うちの中で譲れないところは譲りませんと言っているので、最初は強い口調で言い合うようなこともありました。けれど、時間が経っていくと保護者も理念に付いてきてくれるようになったので、今は理念を曲げるような要求は出なくなりました。
【中浜】それは新規の方もですか?
【佐藤】はい。新規の方は体制が確立された状態で来ているので、うちの方針を分かった状態できています。たとえば、一番わかりやすいのは、子どもたちの写真を全面に出すというところ。3分の1の家族からは拒否反応がありましたが、時間とともにプラスの作用のほうが大きいことが分かって保護者も賛成しています。あと大きかったのは、2年前に未就学の子どもの面談が来て、うちで療育をやらないと言ったら驚かれました。1人を除いてほとんど来なかったですね。今は逆にアイムに通わせるために引っ越してきたというケースが何件か出てきました。 ブレてはいけない部分と柔軟性を持って対応すべき部分と2つの側面があります。なぜうちの理念がぶれないかというと、自分自身が当事者で、息子を見てきて息子のためになるかならないかで判断しているからなんです。息子は重度の自閉症なので、彼のニーズに合わせればほとんどのニーズをカバーすることができます。
専門家にも限界がある
【佐藤】実は、教室に療育の専門家を呼んだことがあるんですよ。療育の方法論が効かないというのをわかった上で、こういう考えがあるとスタッフに知ってもらいたいと思って研修しました。自閉症の子どもを持った保護者スタッフは案の定、「ま、専門家はそういうけれど実際はそういかないわよね」という反応でした。ちょっと予想していなかったのは、子どもがいないスタッフがメソッドの研修を聞いて、療育を勉強すれば子供を管理できるかもしれないと言い出したことです。
仕方ないのでそのスタッフには、療育をやっている事業所に見学にいかせました。で、療育の現場を実際に見てきて、そこの生徒とアイムの生徒の違いをみて療育の限界を実感するわけです。そもそもなのですが、子供を管理するという発想が間違っているとその社員には話しました。
ただ、なんでそういう研修をやったかというと、うちがなぜ療育をやらないのか理由を知ってほしいということと、療育がすべて駄目なのではなく役に立つメソッドもあるので、ヒントになるものは拾っていってほしいからです。
専門家の限界は2つあります。1つは空間が限定されていること。療育の専門施設やクリニックの場所で療育をやると思います。自閉症の子って空気を読んでいないようで実は読んでいるんですよ。そこに連れて行かれると、ストレスなんだけど我慢してやるから専門家が良くなったと思ってしまう。例えば療育センターで座っていたからといって、帰りのレストランで座ってくれるとは限らない。日常生活で活用されなければ意味がないんです。
【中浜】練習のための練習になってしまう。
【佐藤】そうです。もう1つの問題は専門家が限定された時間でしか見ていないことです。例えば、療育センターに行くと、未就学児しか見れないからおそらく2、3年しか見ていない。小学校に上がった瞬間に手離れてしまうから、中高で療育がどのように役立ったかを誰も検証していないんです。
【中浜】保護者はその点いかがですか?
【佐藤】保護者はまず生活すべてを見ているから空間が限定されていない。見ている時間は一生スパンですよね。そう考えると、専門家の限定された視野とはまったく違う。うちのスタッフが同時に保護者であるのはとても良いことで、保護者目線で何が効果的かを常に検証しながらやっていかないといけないんです。そういう意味で、専門家より保護者スタッフのほうが子どものニーズを理解しているし、何が一番現実的かという議論になってきます。
そもそも療育で一般的なのって「座る」練習じゃないですか。つまらない反復作業を一時間もさせて、大人だってそんなの座りたくないじゃないですか。うちの教室きたら自閉症キッズたちが自主的に座っていますよ。どんな子だって好きな作業をやっているときは座っているんですよ。
私の息子でいうと、通常の療育のメソッドはほぼ全部機能しないので、現実的に彼にどのような環境を用意したら彼が機能するかを考えないといけない。うちでは、放課後等デイサービスを出た後に高校を作って就労支援を作れば、彼を変えなくてもいいのではないかという発想になる。環境を自閉症側に寄せればいい話なのです。そういう話し合いもスタッフの半分が保護者だからこそスムーズにできます。
【中浜】後から入ってくるお母さんにとって長い視点を持った人がいると、経験のある人に見てもらえる、あるいはアドバイスをもらえることが安心材料になりそうですね。もしかしたら療育を信じてきたけど、実は長い目で見た時にそもそも効果が続くものではない。だったら、一人ひとりその子にあった状況を作ることが大事だよというのを先輩から同じ立場で言ってくれるのは安心できますね。
【佐藤】あと、療育センターの一番の問題は、同じ年頃の子を持ったお母さんが集まっていることです。誰も見通しが立たない状態の人が情報交換するから不安が増大してしまう。だから、先輩のお母さんと接点を持つことで、具体的な話が見えてきます。子育てって、10年、20年と続くわけで長期マラソンですよね。親が頑張りすぎなくてもよくするには、仕組み・インフラを作ることが必要です。
今回も福祉大賞で評価いただきましたが、評価する側の福祉はどうしても根性論や感情論に寄ってしまう。インフラを維持させるために個人個人の思いだけでやっていると、どこかでスタッフも疲れてきてしまいます。自閉症の子どもたちをどういった仕組みでスムーズに上まで引き上げるかが大切です。
福祉業界に足りないこととは
【中浜】資格を持っているか持っていないか、持っている人のほうが全般的に優位に立てるかもしれません。しかし、資格がなくても気が利く人や対人関係が上手いと思う人も確かにいらっしゃいます。福祉業界にはいったいどんなことが足りないのでしょうか。
【佐藤】まず、福祉業界全般で自由競争の原理が働いていないことが問題です。経営者に競争原理の意識がない。申請の時に行政に提出するものが書類ベースじゃないですか。働いている側が資格さえ持っていれば合格という状況になってしまうんです。そこには、書類に現れないクリエイティビティやセンスのような価値観は申請には加味されない話ですし、それがなくてもなんとなく経営が回ってしまいます。危機感を持たない施設が多いのかなと。サービス提供者であるという認識を持たないといけないし、方針や理念を持ったサービス提供をしないといけないと思います。
【中浜】これだけ選べるからこそ選んでもらうということも一つだし、こちらからも合う人は来てくださいね、合わないならほかもありますよというスタンスが必要だと思います。
【佐藤】障害者対サービス提供者でもないし、保護者対サービス提供者でもない。基本は一対一で対等に人として向き合うことが大切なんですよ。つい最近も、就労支援をやっている経営者の方が面白いことを言っていました。それは、メソッドに頼った親子は失敗している、最終的には一対一で子どもに合わせた子育てをするところが上手くいっている、というものです。
一対一で向き合っていれば、メソッドや方針を押し付けることにもならないしょう。そうでないとどこかで「弱者にやってあげている」といった意識が出てギャップが生じてしまう。福祉現場は気をつけないと「やってあげている」感覚が横行してしまう環境でもあったんですね。面倒を見ている子どもや高齢者は文句を言えないし、言ったところで子どもだからおじいちゃんだからで片付けられてしまうところがある。
環境的に職員のエゴや一方的な既成概念によるこだわりが先行してしまう。福祉業界ではときどき職員による事件が起きるけど、見ていてそりゃあ起きるだろうなと思うわけですよ。アイムでは自己肯定感の高いスタッフを採用することがとても重要であると考えています。
もう一つあるのが、日本人全体にある誤った価値観ですが、平等主義なんですよね。みんなが平等でなくてはならない、この人に遅刻を許したら全員の遅刻を許さないといけないという発想。うちはそんなことなくて、能力が違う人を平等に扱うことが一番の不平等だと考えます。アイムでは成果を出している社員には求める要求が緩いけれど、そうでない社員は細かく管理します。その人の能力に応じてマネジメント方法を変えています。 生徒の扱いも同じで、能力に応じて平等ではなく、相対的に公平に扱っていくことが大事です。みんなのおやつの内容が同じであるべきだという平等ではなく、おやつの機会を公平にもらえることこそが本質です。
【中浜】そういう関係を作りこむことで、保護者も参加者というスタンスで中に入ってきやすいでしょうね。自分の子どもが障害を持っていると、世間から外れてしまってもう働けないかもしれないとか、外に出る機会が減るかもしれないと考えがちですが、そういう時に働ける場があるのは喜ばれると思います。実際いかがですか?
【佐藤】そうですね。うちの保護者からコメントを貰って嬉しかったのは、「それまでは障害者のお母さんとして気が引けていたけど、うちで働くことによって自分が前に立って役立っているような気になれた」という声です。自分のネガティブな環境をポジティブなほうに捉えることができたのが重要かなと。
【中浜】なかなか胸を張ってこんなところで働いているのよって言える福祉職は少ないかもしれないですね。佐藤さんみたいに、職員や施設の見せ方や見え方の意識が高い人がいる施設は良いなと思います。けれど圧倒的に数で言えば少ない。だから福祉のイメージと言えば、地味やダサいといった感じになってしまうんでしょうね。
【佐藤】保護者のスタッフに話を戻すと、スタッフとしての要求があると同時に保護者としての要求でもあるからニーズが分かりやすい。それをどう会社に取り込めるかを考えているけど、そういう意味で保護者に来てもらえてよかったなと思います。
【中浜】今後もさらに展開されていくなかでも、ご家族というキーマンになる人たちに入ってきてもらう予定ですか?
【佐藤】そうですね。今後も保護者は積極的にスカウトしていきます。発達障害の子育てって、やっぱり親こそが一番の専門家だと思うんですよ。親として療育マニュアルよりも、その子の特性と向き合っていくことの方が大切です。福祉施設としても利用者とは同じ人間として対等な関係性を築き上げる。あたりまえな話だけれど、ここが現在の福祉から抜けておちています。
うちの保護者が集まって頻繁に飲み会を開くんですけど、誰も子どもの悩み事の話をする人がいないんですよね。笑い話で盛り上がってていい雰囲気です。それが健全な状態かなと。それを見ていると、こちらもうれしいですよね。
家族と共に子どもの未来を切り開く
【中浜】最後にメッセージをお願いします。
【佐藤】今回2回連続で賞を受賞しましたが、今回の賞はうちの保護者・スタッフによる貢献があって取れた賞なので、日頃から頑張っているお母さんに感謝しています。みなさんの力を借りてサービス提供者対利用者ではなく、共同作業として一緒に新しいことにチャレンジしていければ、子どもたちの未来も開けると思います。
- アイムのHP:www.imhappy.jp
- 自閉症がっちゃんブログ:http://blog.livedoor.jp/gacchan_blog/
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この記事の寄稿者
中浜 崇之
二代目編集長。介護福祉士、ケアマネジャー。2014年に世田谷デイハウスイデア北烏山を立ち上げる。2010年より「介護を文化に」をテーマに介護ラボしゅうを立ち上げ運営中。(http://kaigolabo-shuu.jimdo.com/)